続々 “ヘビ”のお話

仏教と“ヘビ”との関係のなかで興味が魅かれるというと、やはり仏陀が「ナーガ(へび)」と呼ばれていたといったポイントではないでしょうか。

仏陀が活動していた時代というのは、爬虫類の蛇が人間の先祖として、蛇を祀り拝む、いわゆるトーテミズムですね、そういった「蛇信仰」が世界のあちこちにありました。とにかく世界中が「蛇信仰」で被われていたと言ってもいいくらいの、そんな勢いがまだ続いていたんですね。

もちろん、仏陀本人は当時の人々からも彼の弟子たちからも“ナーガ(へび)”と言われていたというのはご案内のとおりなんですが、まさに彼のまわりは「へび」だらけだったんですね。

仏陀の生まれた「釈迦族」というのも、農耕民族で「ナーガ」のトーテムをもっていたといわれていますし、仏陀の産みの親も、彼の妻も、はたまた彼の一人息子にいたるまで、へび・へび・へび・・といったあんばいなんですよ。

たとえば、仏陀の実母マーヤは有名な蛇族である「コーリヤ族」の出身ですし、マーヤが仏陀を産んだ後すぐに亡くなって、彼女の妹のパジャパティーが養母としてくるわけです。

ですから、姉妹ともども蛇族ということですね。更にまた、仏陀は出家する前に母親マーヤと同じ「コーリヤ族」出身のヤショダラという名前の女性と一緒になり、二人の間に子供ができるんですが、その息子に「ラーフラ」という名前を付けるんですよ。

この名前がまた面白いんですね。ちなみに「ラーフ」は古いインドの言葉で「蛇の頭」ですから、「ラーフラ」は「蛇の頭になる者」といったような意味になるわけで、この名前は「蛇族」の将来の家長になる者としては、これ以上は無いといったような最適の名前ではないでしょうかね。

まぁ、この「ラーフラ」には「障害」といった意味合いもあるという事ですが、こういった“へびづくし”の家系に、仏陀の長男として生まれた者にとっては、やはり「障害」よりも「へびの頭になる者」といった方がぴったりだし、そのほうが意味合いとしての説得力もあると思いますよね。

まぁ仏陀にしてもそういった当時の「蛇信仰」、「蛇のトーテミズム」といった世情のなかで生まれ育ったわけで、自分の身近にも存在した「蛇神」を祀り拝み信仰する原始的な宗教を色々と見聞し体験しながらも、本物の“ヘビ”に出会うまでの時を待つことになるわけです。

ここで一句

“本モノ”に 逢える時まで 蛇の里