putlaさんへ:官能瞑想と無常・無我について・・仏教でいう無常と無我というのは、無限=空・くうといった大きな母体から導いてきた知恵・・つまり、それは無限のシッポみたいなモノだと言ったわけです。
ご案内のように、無限小から無限大の世界の中で・・永遠の物質“チリ”を基にして、その時代その場所に居る知的生命体によって科学的に生命が創造されてきたわけです。その人為的な生命創造が、ずうっと始めも終わりも無く続いてきたというわけなんですね・・これを『空・くう』と言うわけです。
そこでその空・無限のサイクルの中で、いま・ここに在る我々は同じ無限の“チリ”で出来ているがゆえに・・無限の視点から観るならば、『本来、“わたし”とか”あなた”といったような自他の区別は無い、一緒ですよ・・』つまり“わたし・我”という孤立したモノは無い、『無我』なんですよ・・ということなんですね。
そして同じように、この無限の“チリ”同士が生死を超えてつながったり離れたりして・・色々な生命にカタチを変えて常に変化しながら、いま・ここに在る我々は永遠に循環している空のシステムの中に在るわけですから・・これが『無常』といったことになるわけです。
こういった無限の在り方・空の真実が・・ご案内のように、かつてエロヒムから仏陀に伝授されたわけです。だからといって無我や無常といった知恵は、エロヒムが最初に発見したわけでも無いし、仏陀が最初に説いたわけでも無いんですね。
無我や無常に限らず知恵というモノはすべて・・始めも終わりも無い無限の過去から現在に至るまで・・そこに生きる人間が幸福に生きるための知恵として多いに使われてきたし、これからも未来永劫に使われていくわけですよ。ですから、エロヒムはこの普遍的であり無限性を持つ知恵のことを“科学”と云うわけですよ。
そういった無限・空の性格から導いてきた無常や無我といった知恵のことを、あえて無限の一部・・つまり、無限の“シッポ”といったフレーズで表現したわけなんですね。
そこで、そのような無常・無我の源流である広大無辺なる無限と、その無限と“チリ”の塊である“わたし”とをつなぐ訓練として、このたびputlaさんにお奨めしたのがエロヒムによって考案された『官能瞑想』といったシステムなんですよ。
以前にもご案内したんですが・・この瞑想のコンセプトを一言で云うならば、『意識的に“つなぐ”』ということに尽きると思うんですね。
そしてこの官能瞑想は、エロヒムが我々の心と体の設計図・遺伝子に描いた『快楽原則』に則して、うまく構成されたシステムになっているわけです。なぜなら、人間の無限に向けた意識というモノは五感の官能・快楽によって発達することを彼らはよく知っているからなんですよ。
それは彼らの進んだ科学・知恵によって裏付けされたシステムになっているので・・エロヒムが教える瞑想の本来の目的である無限を実感し無限と調和するための訓練・・つまり「わたしと無限とをつなぐ」ということが、誰でも気持ちよく出来るようになっているんですね。
そのポイントを少し説明しますと・・まず呼吸をする処から始まるわけです。我々の生体と「無限の“チリ”との交換」を一番意識させてくれるのは呼吸なんですね。
生体とこの目には見えない無限の“チリ”との交換による循環を感じてみる。その呼吸によって酸素が自分の細胞に命を与え、体から出された二酸化炭素は植物などの生命を支えていく。呼吸と共に、“わたし”の心と体の実体=遺伝子のプログラムが入っている細胞同士を意識的につなげたりもするわけなんですね。
そういった“つなぐ”意識・つながっている実感が、小さな細胞その中に在る“わたし”を機能させている遺伝子たち・・更にその遺伝子を構成している無限小の世界にも広がっていく。・・今度は意識を段々と自分の外に拡げていって、他の人々へと社会へと世界へと無限大のほうに向けてつなげていく。
・・やがて、細胞たちをつなげた無限の意識がひろがって・・無限大の生命体の一部である地球や銀河との無限ネットワークがつながり・・更にそれらの生命体が寄生する大きな生命ともつながる。
こういった無限に向けた意識によって・・広大無辺なる無限小と無限大のあらゆる生命体、その生命体を構成している永遠なる“チリ”たちともつながって・・そこでは一切の存在との壁や境目も無くなり・・しだいに“わたし”と無限とが溶け合い、ひとつになっていく・・∞・・
この「つなぐために使われるエネルギー」のことを我々は『慈悲・愛のエネルギー』と呼んでいるんですが・・そのエネルギーが、無限にむけた意識とコラボしながら・・瞑想の各ステージで、五感を使いすべてと官能的に“つなぐ”ことによって生まれる快楽、気持よさ、喜びを感じながらこの訓練が行われていくわけです・・。
この限りなく無限に向けた意識が、慈悲・愛のエネルギーとコラボして無限意識となり・・永遠なる“チリ”の処まで連れて行ってくれるんですよ。
『すべては同じ無限の“チリ”としてつながっている・・“チリ”同士がつなぐエネルギーによって、生死を超えて互いに支えられ支えている、すべてはひとつ・・』といった処にまで導くハイレベルな意識の波動は、とてもすばやく・・光よりも何よりも速く動いて、無限小から無限大の宇宙まで瞬時に届くモノなんですね。
“つなぐ”といった処にスポットを当てて「官能瞑想」のポイントを手短に説明しましたが・・この瞑想のシステムが優れている処というのは、かつて仏陀を通してエロヒムから伝えられた御案内の「八正道」のエッセンスでもある①無限の哲学②無限の意識③無限の慈悲・愛のエネルギー・・この無限の「三つ巴」がすべてのステージで使われているからなんですね。
自分の心と体をつなぐ、そして自分と自分以外に存在するモノとを意識的に“つなぐ”・・そのために使うエネルギーのことを『慈悲・愛のエネルギー』と言いましたが・・その反対に、他の存在とつなぐことをしないで自分のことにしかエネルギーを使わない、そういったエネルギーをあえてエゴエネルギーと言ったわけです。
そもそも我々が生きるためのエネルギーですから、色々と区別するのもおかしなハナシなんですが・・ご案内のように、だいたい我々の日常では、自分や自分の身の回りに在るごく狭い範囲のモノ事だけのために必死でこのエネルギーを使って消費しているわけでしょ
そこでこの瞑想の一番大切なポイントとしては、そういった偏ったエネルギーの使い方を変換する・方向転換するという処なんですね・・エネルギーをエゴエネルギーとして使うことよりも他の存在とつなぐために使う・・意識的に、慈悲・愛のエネルギーとして多いに使いましょうといったわけです。
そうすることで、“わたし”から一番遠くに在ると思っていた“無限”というモノは実は何てことはない、“わたし”はその無限のなかに在る・・始めも終わりも無く生死を超えて、慈悲・愛という名のエネルギーを持った“チリ”として、他の“チリ”とつながって一緒に在る・・
私は孤立している“わたし・我”では無く・・“わたし”は無限とひとつ、空なんだ・・慈悲・愛そのものなんだ、といったように・・意識が磨かれて洞察力も付いてきますから、そのような普遍性・無限性といった処が段々解かるようになりますのでね。
こういったように官能瞑想でのノウハウとしては、エネルギーのほとんどを“わたし・我”の周辺にかまけている意識を慈悲・愛のエネルギーとコラボさせて、無限小から無限大の処に至るように・・無限意識へと向けていくように、ちゃんと構成されているんですね。
同じように、仏教では禅やヴィッパサナーといった訓練の中では・・例えば無限のシッポである無常や無我を観察するのはもとより、如実知見=「存在をありのままに観る」ノウハウにしても、観照の作法を身に付けるにしても・・“捨”つまりハイレベルな意識とコラボした慈悲のエネルギーが・・無常・無我といった知恵を支え多いに活躍するようになっているわけですからね。
そこでまぁ、基本的に両者に共通している一番のポイントを観るならば、仏教の「八正道」と御案内のラエリズムでの無限の『哲学・慈悲愛のエネルギー・意識』・・つまり、この「三つ巴」の訓練といった処にあるのではないでしょうかね。この「三つ巴」によって、まぁエゴエネルギーから慈悲・愛のエネルギーに変換されるといった大まかな図式ですよね。
世間には色んな瞑想法がありますが、そもそも瞑想を最初に人類に教えたのはエロヒムですからね・・そのようにして観ると、この無限の「三つ巴」が瞑想のなかで充分に発揮されるように考案されたこの官能瞑想そのものが
エロヒムが云うように、いまの仏教伝えられている無常・無我を基にした「四諦八正道」のプロトタイプ・原型と言ってよろしいのではないかと思いますよ。
そして、この官能瞑想のシステムが特に優れている処は、何度もご案内のように我々の遺伝子レベルでの『快楽原則』がベースになっている処なんですね。ですから、従来の瞑想特有の痛い・辛いといった苦行っぽいところは全く無いですからね
特に指導者に付くことも無いですし、神秘的な教義や宗教くさいモノは一切ありませんのでね。一人でも簡単に出来るので瞑想の初心者には、特になじみやすいのではないかと思います。
それと、禅やヴィッパサナーなどでputlaさんが今まで実践して身に付けた意識の使い方や観察技法などのノウハウは、自己プログラミングのステージで行なう「無の瞑想」や他のステージでも大いに活用できて、色々と役に立ちますからね。
まぁそういったわけで・・putlaさんがいま無常・無我で観ている場所から、無限山のもう少し上のほうに登っていって・・そこから一度、無限意識の目線で目の前に広がる“空”の景色を観ていただければ、と思います。
説明が少し長くなりましたが・・とりあえずは、山の登り口まではご案内しましたので(笑)、あとは気楽な気持ちで『官能瞑想』を少し続けてやってみてください。
ここで一句
無常・無我 “チリ”に至りて “空”を観る
12月13日:エロヒムが真実の“無限・空”を伝えた記念日に寄せて
すべての生命が平和で、幸せでありますように