又 ❝苦❞のお話

無限のあり方や性格からそのエッセンスを借りてきて、それらを人間が幸福に生きるための知恵として使う。そして、この知恵の働きよって限りなく“苦”が無くなっていく。この知恵のことを「空の知恵」というわけです。

ご案内のように、この知恵といったモノは「自由・平等・無所有・遊び・ユーモア・ポジティブシンク・客観性・・etc・・」といったように、まぁ他にも色々あると思うのですが、こういったものが無限の過去から幸福の道具として多いに使われてきたわけなんですね。

実際に我々であっても、これらのなかのいくつかは日常で使ったり、実感として体験したりしているモノもあるわけです。そこでそれなりに安らぎや幸福感を味わっているわけなんですが、

仏教には昔“ヘビ”から仏陀に伝授されたこの「空の知恵」がずうっと実践されてきましたので、まぁこれらについてはすでにご案内かと思います。

例えば、無常や無我、「無所有」や固定観念や偏見を持たない「無分別」、見返りを求めないで行うプレゼント・布施、「慈悲喜捨」、三輪空寂・・etc・・、

こういったモノは単なる言葉として残っているというのではではなく、フツーの生活の中でもあるいは修行の徳目の一環としても、現在も多いに使われているわけなんですね。ちなみにエロヒムの世界では、この“知恵”が究極まで行き届いたシステムで紹介されていますよね。

例えば、彼らは人間の幸福のエッセンスである「自由」といったものをどのように、どのくらいまで満たしているのか、そしてそのために知恵をどのように使っているのでしょうかね?・・

我々が「自由」といったモノをイメージしますと、ただ漠然とした解放感とか、好き勝手な我がままし放題みたいなモノとか、あるいは仕事や人間関係、老いや病気・・etc・・まぁそういった嫌なモノ・しがらみ・悩み・痛みといった“苦”からの解放といったモノとか色々あるでしょうね。

まぁそういったように、多くのヒトはだいたい強制とか、運命とか束縛とかというものを嫌がりそこから離れたがるわけでしょ。そういった苦しい、狭い檻から出たいわけですよ。

そして、限りなく自己を開放し自由を求め、願わくば思いっきり自由に何かをしてみたいわけなんです。ですから、人間の本性・本能みたいなモノ、そういった遺伝子レベルでの欲望をどのように満たしていくのか、これも人間の一つの知恵の見せ所なんだと思いますよ。

そして、こういった知恵の使い方は多いにエロヒムに学ぶべきだと思いますね。しかし「自由」といっても千差万別、ヒトはそれぞれビミョーに違った欲求を持っていますしね。それらを全てまんべんなく満足させるというのは大変だと思いますよね。

もしも知恵の無い人間たちに、自由は人間の本能だから大事なんだからと「どーぞどーぞ、自分勝手に自由にやってください・・」というと、おそらく世の中は大混乱を起こして目茶苦茶になるでしょうね。

そこで、個人の自由と欲求を満たしながらも、社会の秩序と平和を乱さないように、ある限られた枠の中で、そういった環境・場所のなかでといった条件付きで、どうぞ自由にやってくださいと、そういった社会レベルでのシステムを作ることになるのではないでしょうか。

ここで知恵者がおおいに知恵を使うわけですよ。例えばエロヒムは、欲望の表現・発散は芸術とかスポーツ、あるいは研究といった分野でそれをやっているでしょ。

芸術のジャンルにおいては、それこそ自由自在に自分の感性・五感をフルに使って色んな形式で表現できるようになっていて、それぞれの作品に対して不死会議でもって評価され、そこで認められると「不死の権利」といった賞もいただけるわけです。

特殊なスポーツの試合では極限までの攻撃心を発揮して相手が死に至るまで暴力を使うこともできるわけですし、恋愛や性欲に関してはもちろん自由恋愛で、生体ロボットがありますしね。

研究の分野でも自分のクローンは作ってはいけないとかね、そういった規制や条件はあるにしても、自由に自分の才能を発揮できるわけで至れり尽くせりといったアンバイなんですね。

しかしまぁ、人間の「自由」を求める欲望を満たすこということに関しても、やはりそこには“知恵“がなくてはいけないということになるのでしょうね・・。

ここで一句
空の知恵 “苦”はシグナルだと 思い出し