無限の証明・・

・・ご案内のように、我々は日常でゼロ・0を「0=無い」といった意味あいでフツーに使っています。 

それと、これはあまり馴染みがないんですが「0=無限」という意味もあるんですね。

0という数字・記号が「無い」と「無限」の両方の意味で使えますよ・・というわけです。

ちなみに数学などで使っているこのゼロの概念は、昔インドから始まったといわれますが、これは仏教の「空くう・シューニャ(空っぽ・空虚)」からきたともいわれるわけです。

色即是空の“空・くう”でご案内ですね。まぁ、日常では‟色”つまり目に見える世界に居る我々は、そこで“空”の真実、無限のホントの意味をエロヒムから教えられるわけです。

つまり、それまでは“空”というのは「何も無い・空っぽ」、0・ゼロなんですよ・・といった解釈でしたが、実は我々の目には見えないだけであって、“空”のなかにはありとあらゆるモノがぎっしり詰まっているということでした。

まぁ、エロヒムのおかげで、宇宙の在り方とはどのようなモノなのかを知り、“空”のホントの意味を知ったわけです。

つまり真実の“空”というのは、空=0=「(無限に)有る・存在る」ということです・・『無いということは無いんだよ・・』と。それなら、「0=無い」というのは一体どうなんだ?ということになるんですね。

確かに、「空=0=ある」というのは真実ではあるのですが、しかし「0=無い」というのも決して間違いというわけではないんですね。ハナシが少しややこしくなりますが・・。

まぁ、云うならば「0=無い」というのは真実ではなくて、方便であるということです。「方便・ウパーヤ(サンスクリット語)」の意味というのは『真実に限りなく近づく』ということです。

“空”だけが唯一、完全無比であり、真実だということ。無限だけが完璧であり、永遠に変わることなく真実そのものであると・・。そして、その真実にアプローチしていくのが「方便」だというわけです。

世間では「嘘・ウソも方便」と言うんですが、方便というのは嘘とは違うんですね。嘘というのは真実からは最も遠く離れているモノですからね。逆に、方便を使うというのは真実に近づくということですから・・。

まぁ、そこで一番の方便というのは“知恵”ですよ・・ということなんですね。そこで、色々な知恵を使って無限にアプローチすることになる。

そして、その知恵を使い無限に限りなく近づくことによって、更に無限から知恵をもらうことができるようになる。

つまり、ここで言う「0=無い」というのもひとつの方便なんですね。たとえば数字や数学なんかで1000とか1-1=0のように、0を「無い」といった意味あいで使うでしょ・・

0を方便として当たり前に使っているし、この0が無ければ何をするにしても不便で困るでしょ。これはひとつの知恵なんですね。

ですから我々の利便のため、日常生活をより幸福に生きていくために、知恵を方便として使うわけです・・。まぁ、ですからエロヒムが云っているように、『知恵のことを科学』と言うわけです。

そういったわけで、「0・空=無ではない=“真実”」という側面と「0=無い=“方便”」といった両方の意味合いでもって、この0・ゼロを眺めることができる・・。

そうなると、例えば1個のリンゴの中にも無限の宇宙が存在するわけで、そこには無数のリンゴが在るわけですから、「1=0」といった摩訶不思議な数式を観ても・・『なるほどね・・』納得!ということになるわけです。

“空”を表す0・ゼロというのは真実でもあり、また方便としても使われるということ。(アーカイブ:2014年1月26日 無限part1参照)

そういったわけで、ヒトは昔からその“空”に限りなくアプローチして、空の在り方や性格そこから導いてきた知恵を生活や考え方に取り込んで、それらを大いに使ってきたんですね。

例えば、“空”つまり無限ゆえに、そこには何ひとつの仕切りも無い・・境界線も壁も無ければ、中心も無い。それゆえ自由であるということです。この「自由」というのは最高の知恵ではないでしょうか。

さらに、その自由なる空間から“遊び”がうまれる。そこで、「自由・遊び」といった処からユーモアや色んなエンターテイメントが生まれ、我々の人生をより幸福で豊かなモノにしてくれるわけです。

同時に、“空”ゆえに自他を仕切るモノや制約が無いわけです。それゆえ、そこにある全てのモノは誰彼のモノということも無い、つまり「無我」であり「無所有」ということです。

そこから、「誰かが・誰かに・何かを与える・・」この三つにこだわらない、「三輪空寂・さんりんくうじゃく(無償のプレゼント)」といった価値観も生まれる。

そこで、無所有であるがゆえに、所有制度も無ければ貨幣制度も無い、ひとつの理想社会が作られたりもする・・。実際にこのような世界、エロヒムが住む幸福を絵に書いたような社会があるわけですからね。

まぁ、我々もエロヒムの社会を目指して、知恵を使い、限りなく“空”にアプローチしていきたいものです・・。

ここで一句

方便で “空”に近づく 知恵の道