続 色即是空的こころ・・➑

・・YU-AIさんからの、「仏陀のアムリタ発言」について・・・すでにご案内のとおり、かつて仏陀は自分が「エロヒムの不死の惑星」で体験した出来事をあらわすモノとして、アムリタ(パーリ語でアマータ)=不死といった言葉を使ったのではないかと言ったわけです。

そして、いまの仏教学ではこのアムリタを使った表現法が「仏陀の悟り」を表わすモノとしては最も古いモノとして扱われているわけなんですね。

ちなみに、仏陀の悟りを表わすモノとしては、他にサンスクリット語のボーディ・菩提が有名ですが、この他にも新旧色んな表現があって、二十種くらいはあるらしいんですね。

さらに、悟りを表わすモノとして有名なところでは、仏教以前の最も古い宗教文献などにある解脱(げだつ・モークシャ)と涅槃(ねはん・ニッバーナ)といったモノですよね。つまり、果てしない生まれ変わりの輪廻転生の苦しみの輪から抜け出ることが‟解脱”で、そのためにはまず‟涅槃”が必要になるわけです。

涅槃というのは、所有欲や支配欲などの貪欲さに縛られた奴隷状態の心から解放されること、それと嫉妬や憎しみ恨みなどの悪い感情が伴う云わば「煩悩の火が消えた心の状態」をいうわけで、解脱に至るためにはそういった心の境地が求められるというわけですね。そうしないと、永遠に輪廻転生の苦しみからは抜けられないわけです。

‟悟り”のニュアンスとしては、これはあくまでも個人的な修行や瞑想によって成しとげる「心の在り方」に関わるモノですから、当時インドの多くの修行者たちの探求も、先人たちを見習って解脱と涅槃この二つのポイントに向けられていたわけですね。仏陀自身もエロヒムに遭遇するまでは、仏伝にもあるように古くからの修行法や瞑想の中でこういった解脱・涅槃をめざして頑張っていたのでしょう。

そういった状況のなかで、彼は不死なるエロヒム‟ヘビ”と遭遇して彼らの不死の惑星に連れていかれ、そこで49日のあいだ過ごすことになる・・その後の話はご案内のとおりです・・。

まぁ何度も言うように、エロヒムの不死の惑星に行って、‟ヘビ”たちから色々な教育を受けて、彼はそこで時代の預言者として理解すべきことをはじめて理解した・・つまり、仏陀が得た究極の悟りの境地=最高の幸福というのは、当時の修行者ならば誰もが探求する解脱・涅槃といったモノではなくて

不死を象徴する究極の科学のテクノロジーのおかげで、そこに住むすべての人間が、その科学の恩恵によって幸せに暮らしていける・・そういった『幸福の器・社会全体のこと、あるいは科学の黄金文明』のことなんだと知った・・決して個人レベルでの心の境地・幸福な精神状態だけのことをいっているわけではないんだと理解したんですね。

そんな極楽浄土のような所で49日にわたって至福の時を過ごすわけですね。そして何よりも驚くことには、そこで彼自身が地球での使命を果たした後、死後の再生を約束されるんですね。つまり不死といった素晴らしい‟おみやげ”をエロヒムから頂いたということですよ。その後、地球へ帰還してそこでの第一声が『・・不死の法門が開かれた・・私はアムリタを得た・・』という事になるわけですね。

そういったわけで彼の「悟りの場面」においては、当時の修行者であるならば‟解脱・涅槃”といった本来なら最も大事な時に使うべき言葉を使わなかったということですね。その言葉ではなくて、あえて彼は『アムリタ・不死・・』といったフレーズを使ったんですね・・というよりも思わず口から出てしまった・・。そのくらい、不死の惑星での49日間というのは、そこで体験したこと学んだことすべてが彼にとっては衝撃的で感動の日々だったのではないでしょうか。

まぁしかし、それを聞いた当時の人たちは、それはもうビックリしたでしょうね。2500年も前の話ですからね、おそらく彼の話を聞いても、まともには理解できるヒトはいなかったでしょう。現在でも『エロヒムのメッセージ』を話しても『そんなことは信じられない・・』と言うヒトがたくさんいるくらいですからね(笑)。

そんなわけで、仏陀が生前『永遠に変わらない魂のようなモノは無いんだよ・・昔から伝えられている輪廻転生といったモノも無いんだよ・・』と、空・くうあるいは無常・無我といったフレーズを使って、あれだけ口が酸っぱくなるほど(笑)人々に説明したにもかかわらず、仏教徒たちは仏陀が死んだ後に、ご案内の輪廻あるいは業・ごうといった古くからある概念を仏教の中に取り入れてしまうことになるわけですよ。

当然、高度な科学のエッセンスである「アムリタ・不死の真相」は失われ仏教の表舞台から消えてしまうことになるわけです。そして、今ではアムリタの意味も涅槃と一緒の意味合いとして扱われ、悟りを表わす単なる仏教用語の一つになってしまっているでしょ。

ですから、仏教以前から語られてきた「解脱・涅槃が悟りなんだ・・」といった意味合いの、云わば「悟りの概念」が集団無意識のように、今の時代まで何千年もの間、ヒトの心のなかに相変わらず残っているでしょ。そして、いまだに世界中の多くの仏教徒がその“悟り”なるモノを体験しようと修行や瞑想に日夜励んでいるといったアンバイなんですね。

たしかに、仏陀にしてみれば彼の「アムリタの真意」が後世に正しく伝わらなかったのは残念に思う処なのかもしれませんが、エロヒムも云っているように「仏教が人類の心の成長に寄与してきた長年の功績は素晴らしい・・」と、「仏教から輪廻転生などといった神秘のベールをはぎ取ってしまえばラエリズムと一緒だ・・」といったくらい充分に実績を残していますからね。仏教が今まで果たしてきた役割というのは凄いモノだなぁと思いますよね。

たしかに、仏教においては「エゴと攻撃心をコントロールして、日々の生活のなかで慈悲のエネルギーを使って、皆で仲良く平和に暮らしていきましょう・・」といったコンセプトが満載でしょ。例えば、四諦八正道にしろ禅やヴィッパサナーといった瞑想のシステムなんかもうまく出来ていますし、エロヒムの‟ヘビ”から与えられた幸福に生きるための「空の知恵」なんかはとても理にかなっているしね、我々もその知恵の恩恵を受けてきたわけですから・・。

そういったわけで、仏陀のアムリタ発言の背景を言うならばこんな処でしょうか・・まぁ、更に深い処を知りたい・・というのであれば、エロヒムが御案内の大使館に来訪する際に、仏陀を含め過去の預言者たちも一緒に連れてくるということですから、その時にエロヒムの御来訪を記念したレセプションとか公開質問のコーナーがあれば、そちらにでも参加して(笑)仏陀にそこらあたりを直接尋ねてみてはいかがでしょうか?

ここで一句

悟りとは 解脱にあらず 不死と知り