続 色即是空的こころ⓯

再々、PONさんからの・・前略・・いつも無限意識で居るためには・・①まずはエロヒムからの「無限」に関するメッセージをしっかり読んで、無限・空の知恵(哲学)をよく理解すること。

②「官能瞑想」によって無限そのものを体感すること。③ 瞑想や日常の中で、慈悲・愛のエネルギーを大いにつかう。④「無の瞑想」などによって、意識的に非・再プログラミングを丁寧に行なう。

三毒(貪欲さ・怒り・無限を知らない無知)つまり、そういった古いプログラムに住み着いている‟寄生虫”を排除して、「観照の作法」を身に付ける。何においても、基本は『無限の哲学、慈悲・愛のエネルギー、意識』この三つ巴ですよ。

それと大切なことは、⑤いつも無限意識のなかに居るエロヒムと一緒の気持ちでいる・・やさしい気持ちでいましょう・・といった処ですかね(笑)・・。

御案内のように、(無限)意識のなかでは我々はどこに居ようともつながっているので、彼らがいま一光年先の不死の惑星に居ようが、我々がこの地球に居ようが全く場所には関係ないわけです。

・・我々がフツーに日常で使っている意識を、無限意識にまでボリュームアップするだけで、無限の宇宙のなかでは、意識は瞬時にいつでも、どことでも、誰とでもつながるわけですからね。

つまり無限意識で居るというのは、エロヒムと一緒の楽園に居るのと同じで・・不死の惑星に生きている彼らと同じ‟無限に愛されている実感”と共に・・慈悲・愛のエネルギーで満たされた心境で居られる・・ということなんですよ。

ですから、最初の①から④を基本にして、エロヒムが教える瞑想や無限の哲学に親しみ、エロヒムと同じ優しい気持ちで日常を送る・・ということが一番のポイントだと思います。

そんなふうにしながら、彼らと同じ心のベースが作られて、意識とコラボしている慈悲・愛のエネルギーが、意識(無限)のスイッチをちゃんと押してくれて、無限レベルまでボリュームを上げてくれる・・おかげで、エロヒムと同じ無限意識のチャンネルと自然に同調できるようになる・・

無限・空においては、無限大から無限小の世界にある意識も、慈悲・愛のエネルギーも同じ性質のモノですからね。あなたがそのなかに居るし、それがあなたのなかに居る・・あなたがどこに居ようが一緒なんですよ・・無限意識のなかにおいては・・。

それゆえ、あなたが‟いま”いる場所が・・エロヒムの不死の惑星に行かなくても・・そこが永遠の愛の楽園といったわけですよ(笑)。

そして、あなただけではなくて世界中の人たちがこの無限意識に至ることによって、自ずとこの地球もいつの日にか仏陀の云うホントの「悟りの境地」、つまり慈悲・愛のエネルギーに満たされた科学の黄金文明=エロヒムの住む不死の惑星のようになっていくということですよ。

ラエリズムの提唱している“超意識”と言うのは、そういったような‟無限意識”のことを言っているんだと思いますよ。

ちなみに、むかし仏教徒の一部の修行者たちも、無限のシッポである無常・無我などの知恵を使いながら、‟ヘビ”が仏陀に教えた瞑想をしてハイレベルの意識をめざしていたわけです。その高い意識を八識とか九識、あるいはアマラ識とか言っていたらしいんですね。

しかし彼らにとって残念な事というのは、エロヒムが初めて人類に『無限(空・くう)』の本当の意味を教えてくれたのは1973年だということです。それまで仏教徒たちは、無常や無我の源流である‟無限・空”の真実は知らなかったわけですからね・・

仏教徒は、まず真実の『無限・空』を知ること!・・。まずそれと、難しいとは思いますが・・仏陀の死後に仏教に取り込んだ輪廻転生や霊魂の存在というような、迷信から離れることですよね、・・それらが無限への意識向上の邪魔をして、意識レベルがどうしても途中で止まってしまうんですよ・・。

そして、いま世間では『超○○』といったフレーズがもてはやされていて・・超意識なるモノを使えば、商売がうまくいって儲かる。何事も自分の思い通りになって人生の成功者になれるといった、かつての超能力ブームのように、神がかり的志向の人々の‟エゴ”をくすぐる類の超意識もあるようなんですね。

まぁそれは、良くも悪くも何にでも‟超”を付ければインパクトがあるという思いからなのでしょうが・・ご存じのとおり、霊魂や輪廻転生または神といったモノは、そもそも人間の『‟エゴ”と無限を知らない無知』がでっち上げた作品なわけですからね。

そうではなくて、意識というモノの本質を語る場合のキーポイントになるモノは、‟エゴ”とは真逆の反対側にある‟無限・空くう”ですからね・・真実の無限を知っているならば、そこにスポットが当たっているかどうかによって、その真偽は簡単に判別できるじゃないですか。

ましてや、「人間のエゴが創った‟霊魂”」や、「無限・空の性格に全く反した無知なる‟神”の概念」を根拠にしている世間の怪しげな超意識を、無限意識あるいはラエリズムの云う超意識と同列にして語るというのは、これは全く次元が違うレベルの話だと思いますよ。

しかし、それもよく解かるんですよ・・人間のエゴと無知につけ込んで、神や霊魂・輪廻転生を持ち出すと世間では面白がって商売になりますからね。それにひきかえ、無限・空は商売や金儲けにはならないし、立身出世の役に立つといったモノではないですからね。

もしも、無限に口があれば『無限の宇宙には、神や霊魂なんてモノは無いんだよ・・』と、本人自ら(笑)教えてくれるんでしょうけどね・・なんとも、もどかしい限りです・・略・・・

・・そういったわけで、無限・空と言えば・・ご案内の東洋の預言書と言われる『般若心経』の、さいごのフレーズがあるでしょ。『ギャーティ、ギャーティ、パラギャーティ、パラサンギャーティ・・』といった摩訶不思議なマントラの部分ですよね。これは世に出てから、何百年も解読不能として扱われていた部分なんですよ。

そこで、これを訳すとギャーティは「行こう」、パラギャーティのパラは昔は「悟りの境地」等と訳されていた時代もありましたが、悟りの境地の本意はエロヒムが云っているように「科学の黄金文明」のことですから・・

『行こう、行こう・・(エロヒムの不死の惑星のような)科学の黄金文明に行こう・・エロヒムが我々の遺伝子・DNAに付与してくれた科学的才能という大いなる知恵によって・・‟無限意識”と‟慈悲・愛”のエネルギーを使って・・不死を約束された幸ある地上の黄金文明へと、共に行こう・・』と、こうなるんですね。

・・ここに描かれた世界は、むかし仏陀やイエスそして近年ではラエル氏が、エロヒムの不死の惑星で見た景色であり・・それは、長いあいだ我々を我が子のように愛し、見守ってくれているエロヒムの心からの願いでもあり・・我々が目指す未来の地球の、幸福な姿でもあるわけです。

ここで一句

超意識 使って共に パラギャーティ

{今年は4月7日:エロヒムが地球上の実験室で、最初の人間を創った4月の第一日曜日を記念して・・}