続 ❝知恵❞のお話

・・・略・・ ご案内のように、仏教では“苦”の主なる原因を①貪欲さ②怒り③無知、この三つを挙げているんですね。まぁたしかに、地球上で起きている戦争や飢餓などによって、何千年にもわたって未だに苦の海に溺れて苦しんでいる人間を観るならば、

これらの「苦」というものは過ぎたるエゴ丸出しの貪欲さや、無秩序な怒りの表現が大きな原因になっているとは思いますが、やはりこれも人間の欲望や感情を知恵でもって受け入れ・知恵でもって表現して、知恵でもって実現する・・そういったトータルな知恵の欠如が問題なんだと思いますよ。

つまり、無限=空の哲学を知らない無知さ、自我意識のレベルでしか意識を使えないそういった意識の低さ、そして『理解しましょう・受け入れましょう・許しましょう』とそういった心を作る「慈悲(愛)のエネルギー」の欠乏・・これら知恵の成長のための三点セットの欠如ですね。

しかし、こういった人間の無知さかげんをよそに、こういった地球の状態を知恵が完成された『科学の黄金文明社会』=エロヒムの社会と比較して観るならば、つまり『悟りの境地』から云うならば、ご案内のようにエロヒムは彼らの知恵を使って自分たちの遺伝子に描かれているものはすべて悪いものではなくて善きものとしているんですね。

彼らの持っている遺伝子プログラムはもちろんのこと、その彼らに似せて創った人間(地球人)に対しては善きものとしているわけですよ。いわゆる人間性善説なんですよ。まぁしかし彼らのなかには、やはり我々人間と同じで云わば野党派がいましてね。

サタン派というんですが、彼らは未だに“地球人に限っては”『人間からは悪しか生まれない・・それゆえ、地球での人間創造は失敗である・・』と、そのような人間に対しての観かたをしているようなんですね。まぁ、云わばこれは人間性悪説ですよね。

因みに、創造主たちではあってもこのように人間に対しての観かたは二つに別かれるわけですからね・・。同じように人間のなかにも人間の性善・性悪をいう人たちはたくさんいますよ。例えば、人間の存在が不満性・不完全性=『苦』であるがゆえに、その苦を更に生み出す貪欲さや怒りのエネルギーじたいが悪いんだと、ひいては人間の存在じたいが「悪」だと・・。

そういったような一部の仏教徒の観かたもあるわけです。しかし、そういった人間の観かたをするというのは、ありのままの人間性をうまく表現したりコントロールできない知恵のレベルに居る人間の、それこそ無知なる“たわごと”ではないかと思いますよ。

たしかに、我々人間はそもそもエロヒムの足元にも及ばないくらい、まぁ知恵が不足しているということは夫々に実感はしているとは思いますが(笑)・・。それにしても、だいたい創造主ならいざしらず、人間じたいをろくに観察もしないでデータも無しに単に感情的・主観的に、

創造物にしかすぎない人間が自分たちを悪だ善だというのも不遜なる態度ではないかと思いますけれどね。どうでしょう、そんなに簡単に人間の善悪の結論を出せるものではないと思いませんか?・・。

人間の善悪を云うとキリがないので、話は戻って(笑)・・。ですから、人間が表現したい・実現したいあらゆる欲望にしても、例えば闘争本能や攻撃心ひいては「死への戯れ」というのもあるわけです。

そういったモノを自然のものとして、限られた中ではあってもエンターテイメント・遊びにして、それを苦として味わっているのではなくて、彼らエロヒムはそれを“ありのまま”に楽しんでいるわけですからね。

知恵・文明が究極に開花すると、その知恵によって‟死”のような苦と思えるようなものであっても苦でなくなる。苦の元であると思っていたものが逆にそれを楽しむこともできるということなんですね。知恵というものは、限りなく「生死も無い無限」に近づくと、それくらい成熟するものであるわけです。

それゆえ“ヘビ”は、少しでも彼らの知恵のレベルに近づくために、仏陀にご案内の八つの徳目ですね、人間が知恵に至るための瞑想システム・『八正道』というものを伝授したわけなんですね・・つづく

ここで一句

知恵あれば 捨てるもの無し 苦も楽し