・・こういった苦の海に溺れている人間に対して“ヘビ”が仏陀に伝授したのが、今の仏教に残っている『四諦八正道』といったシステムなんですね。まぁこれは我々にとって現在は松葉杖みたいなものかもしれませんが、 続きを読む ❝苦❞のお話
又々 ❝空・くう❞のお話
ご案内の『般若心経』のなかで、仏陀は“空くう・無限”についてこのように説いているんですね。「空・くうにおいては、生まれるということも滅するということも無い。
増えることも減ることも無い。汚いものでもなく清らかということもない。体も無く、心の機能も無きゆえに、感覚から意識まで無い。 続きを読む 又々 ❝空・くう❞のお話
※ ❝知恵❞と無限意識
・・略・・仏教には、無限の概念は無いですよ。“無限”の定義というのは、“空・くう”の定義と同じなんですが、フツー無限というと「時間と空間において始まりもないし、また終わりもない」ということですね。
まぁこういった定義であるならば、仏教においても、また現在の科学の分野での定義にも適っていると思いますので、 続きを読む ※ ❝知恵❞と無限意識
又 ❝空・くう❞のお話
仏陀は当時の人々には理解できない事柄や、云うべきではない物事に対しての質問には明言しなかったと、これを「無記」というわけです。
なぜ無記なのかといいますと、後の時代になって仏陀が予見したといわれるマイトレーヤが現われて、無記つまりポッカリと穴の空いている部分を埋めてくれるような答えを教えそれを世間に広めるという、そういったエロヒムのシナリオがあるわけです。 続きを読む 又 ❝空・くう❞のお話
続々 ❝空・くう❞のお話
ご案内のように、2500年前に仏陀が色んな人々に質問され、それらに関してあえて答えなかったものがいくつかあるんですね。 それを「無記」というんですけれども、まぁだいたいは宇宙の無限性とか霊魂・死後の問題とかね、 続きを読む 続々 ❝空・くう❞のお話
続 ❝空・くう❞のお話
例えば『宇宙は無限なのか、終わりがあるのか。時間には始まりがあるのか。霊魂と肉体とは同じものなのか。死後はどうなのか・・etc・・ 』
こういった問いは昔からあって、仏陀はそのたぐいの質問には明言しなかったというんですね。
それを「無記」というわけです。 続きを読む 続 ❝空・くう❞のお話
❝空・くう❞のお話
ご案内のように“ヘビ”たちは自分達が創った人間たちを我が子のように愛し、ゆくゆくは彼らの持っている高度な「知恵」を伝授しようと思ったのでしょうね。『メッセージ』にもありますが、人間に科学知識を教え、将来は彼らのような科学者にしたかったと言っていますからね。 続きを読む ❝空・くう❞のお話
又々 “ヘビ”のお話
まぁ、確かに仏陀は当時「ナーガ・へび」と呼ばれていたんですが、はたしてどういった意味合いでもって彼の弟子や他の人々がそのように呼んでいたのか、その「へび」の意味するところが興味をひくポイントになるんですね。
又 “ヘビ”のお話
「蛇の里」で生まれ育った仏陀も時が来て成人になり、仏伝にあるように出家することになります。つまり、一匹の“蛇”は里を後にして、「真実」を求め世間の荒れ地を“はい回る”ことになるわけです。
続々 “ヘビ”のお話
仏教と“ヘビ”との関係のなかで興味を魅かれるモノというと、やはり仏陀が「ナーガ(へび)」と呼ばれていた・・といった処ではないでしょうか。 続きを読む 続々 “ヘビ”のお話